幼少年時代の感情の交流が大切

幼少年時代の感情の交流が大切

 


 

劣等感は誰の心にも潜んでいます。自己と他者との関係において、意識的であれ無意識的であれ、他者との違いを識別することで人間の健全な個性が存在しているといえます。

 

精神面でいえば、人間はどのようなときでも他人と自己とを比較することによって生きており、その違いを認識することから劣等感は生まれるのです。

 

 

劣等感は日々の生活のなかで、さまざまな要因が複合的に関係して頭をもたげることがあります。

 

ときには心の均衡と調和を乱すほどにふくらむことがありますが、劣等感が頭をもたげたときの環境と、それぞれの心理的葛藤によって補償作用が働き、克服されていきます。

 

 

劣等感を克服することによって人間は精神的に成長します。

 

したがって補償によって克服できる劣等感は、ごく当たり前の健全な劣等感ということもできます。

 

 

しかし、幼少年時代に肉親による愛情や親密感を体験しないまま過ごすと、劣等感に対する補償能力が乏しいものになってしまうことがあります。

 

自分を否定的にとらえるだけで、他者との違いを肯定的にとらえる感情が欠けてしまうことがあるからです。

 

幼少年時代の肉親との心の交流は、精神面での発達に欠かせない要素であり、劣等感に打ち勝つ原動力を育てるものです。

 


 

しかし、最近の少子化社会では、子どもは家庭のなかで一番大事にされ、過保護に育つ傾向にあります。

 

子どもを特別視して育てていくと、その子どもは自分が特別な存在であり、誰よりも才能があるという自己万能感をもってしまうことがあります。

 

 

自己愛コンプレックス、またはナルキッソス・コンプレックスともいわれるもので、どこへいっても、自分が特別視されることを期待し、特別視されていると思い込みます。

 

しかし、自己愛コンプレックスは、自己蔑視の反動として自分を誇大視しているにすぎません。非常にもろくて弱い自分を、誇大化した自尊心で補っているのです。

 

 

自己愛的な傾向の強い人は、自分が傷つくことを極端におそれ、過度に自分を防衛することが多いようです。

 

しかし、他人が傷つくことにはまったく関心がなく、他人を自分の都合のよいように利用し、相手の感情にも無神経です。また、失敗を他人のせいにする責任転嫁もみられます。

 

 

自己愛コンプレックスは、中学・高校生あたりで顕著になってきます。

 

傲慢な態度やもったいぶった行動、極端な自己卑下や無礼といった態度を生む深層心理には、自分を憎み軽蔑する劣等感がうごめいており、現実に対する不安でおびえているのです。

 

 

子どもとの愛情あふれる交流は必要不可欠なものですが、あまりにも過保護になりすぎ、親が子どもに自己愛コンプレックスを植えつけてしまうことは避けなければなりません。

 

子どものときから、できるだけ集団のなかで育てれば他人の気持ちや行動を理解して、共感できるようになります。

 

 

 


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