離人症の人は、頭ではわかるが実感ができない

離人症の人は、頭ではわかるが実感ができない

離人症の人は、頭ではわかるが実感ができない

 

 

離人症の人は、自分が自分であり、今、物事を考えたり、行動しているのが自分である事実を、頭ではわかっています。

 

しかし、「物が置いてあれば、そこに物があることはわかるし、人がいたり、植物があればそうした事実はわかるが、その現実を実感することができない」と訴えます。

 

 

例えばテーブルと椅子があっても、そこにテーブルと椅子があることは理解できますが、「そこにあるという感じがしない」と言うのです。

 

また、目の前を人が通りすぎても、「人が歩いていることはわかるが、その人が生きている気がしない」と悩みます。

 

緑豊かな森の中で生き生きとした生命を感じたりすることもできなくなっています。

 

 

こうした感覚の異常に本人は気がついていますが、いったい自分に何が起こっているのかがわからず苦しみます。

 

自分が悩んでいる症状を訴えようとしても、うまく言葉で説明できないために、他人には伝わりにくいことがよけいに苦しみを増幅させてしまいます。

 

 

その苦しみをなんとか訴えようとするとき、「めまいがする」「ふらふらする」と言ったりします。

 

スポンサーリンク


 

 

また、

 

  • 「話している自分とそれを聞いている自分がいる」
  • 「夢の中にいるようだ」
  • 「周囲の出来事がまるで自分とは関係のない事柄のように感じる」
  • 「まわりの物が平面的に見える」
  • 「何かに触っても手ざわりがない」
  • 「触っている物と自分の境目がわからない」

 

などと表現することもあります。

 

 

本人が症状を説明しにくいうえに、こうした状態が精神疾患の症状でもあるということが、専門医以外にはほとんどわからないために、離人症は発見されにくいといわれています。

 

スポンサーリンク


 

離人症の人の三つの意識の障害

 

離人症の人の実感のなさは、大きく三つに分けることができます。

 

その一つは、自我意識の障害です。これは、

 

  • 「自分の存在が感じられない」
  • 「自分のやっていることが、自分の体験として実感できない」
  • 「自分は、以前の自分とは違う人間になってしまった」

 

など、自分に対する意識が希薄になる感覚です。

 

二つ目は、

  • 「これまで親しんできたことや、物が疎遠になった感じがする」
  • 「自分と他者との間にべールのようなものがある気がする」
  • 「歩いている人や、きれいに咲いている花を見ても、生きている感じがしない」

 

というように、周囲の物や人に対する現実感が薄れる対象意識の障害です。

 

そして三つ目は、

  • 「自分のからだが自分のものではない気がする」
  • 「自分のからだがなくなってしまった感じがする」

 

など、自分自身のからだに対する実感を喪失する身体意識の障害です。

 

これらの障害は、ほとんどの場合、同時に現れます。

 

スポンサーリンク


 

離人症の症状

 

例えば、「私」という漢字は誰もがこれまでに何度も繰り返し書いてきた文字ですが、あらためて観察してみると、「のぎへん」に片仮名の「ム」を並べたこの文字が、「わたくし」という漢字だということが、ピンとこなくなる場合があります。

 

 

離人症は、こうしたときの感覚に似ているようです。(ゲシュタルト崩壊)

 

頭ではわかっていることが実感できない、知識的に理解できても、ぴったりこないという感覚を、自分自身に対して抱いているような状態です。

 

 

ただ、離人症の症状は、見た目にもわかりにくく、言葉で説明することは非常に困難といわれています。

 

離人症について広く理解してもらうために、あえてこのようなたとえ話をしても、一度も離人症を体験したことがない人には理解しがたいのが現状です。

 

 

 

スポンサーリンク


 

トップへ戻る