劣等感の置き換えとしての顔やからだの美醜にこだわる醜形恐怖(容姿コンプレックス)

劣等感の置き換えとしての顔やからだの美醜にこだわる醜形恐怖(容姿コンプレックス)

劣等感の置き換えとしての醜形恐怖(容姿コンプレックス)

 

 

人間は多くの問題について両面的です。

 

優越感の強い人には必ず劣等感があり、劣等感の強い人には必ず優越感が認められるものですが、醜形恐怖(容姿コンプレックス)の人は顔やからだの美醜にこだわることで、劣等感の肩代わりをしていると考えられています。

 

 

劣等感の強い人に、最も多くみられるのが対人関係の未熟さです。

 

 

対人過敏といってもよく、「完全に愛されたい」と願うあまり、緊張してぎごちなく、結果的に対人関係が苦手になってしまいます。

 

人に会うことを避けながら、「完全に人に受け入れられたい、認められたい、ほめられたい」という、見方によってはかなり幼児的な願望が潜んでいます。

 

それが受け入れられないのは、自分の顔や体形が悪いからだと、問題をすりかえます。

 

そういった意味では、醜形恐怖とは劣等感を感じないですむための、一種の防衛システムの働きともみられています。

 

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また、私たちは、成長するにつれて社会的な顔をもつようになり、心の内面を人前に出すことを避け、隠すようになります。

 

醜形恐怖の人の一部には、特に本音の好ききらいが表情に出ることを警戒する傾向が強く、その緊張する顔を見られたくないという恐怖が、醜形恐怖をさらに増幅するといわれています。

 

 

そのうえ、日本では勤務先や通学先など、組織が一種の社会的な顔となって通用する面があります。

 

そのため個を確立する機会がなかなか訪れないといわれ、欧米人に比べて劣等感が強い人が多い理由の一つと考えられています。

 

 

 

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