「人生の節目」とライフサイクル論の意義

「人生の節目」とライフサイクル論の意義

「人生の節目」とライフサイクル論の意義

 

 

ライフサイクル論の意義

 

心を病む、あるいは心の病気というと、非常に特殊なことというイメージを抱きがちです。

 

 

しかし、ライフサイクルという視点から人の一生を見つめ直してみると、思春期の劣等感や孤独、青年期の「自分はいったい何なのか」といった漠然とした疑問や不安など、それぞれの時期に「なるほど」とか「そういえば」という心の動きや気持ちの変化があったことに、誰もが思いあたるはずです。

 

 

心の病気は、心の成長過程で誰にでも起こりうることとして、理解できるはずです。

 

 

キレる子ども、いじめ、不登校、青少年の凶悪犯罪の増加、大学生や社会人の無気力状態、中高年のうつ病や自殺の増加など、現代の心の問題を考えるうえで、ライフサイクルの視点はますます重要になってきています。

 

 

 

ライフサイクル論は、人間の精神は生涯にわたって発達し続ける可能性があるという、生涯発達の考え方が基本となっています。

 

からだがある時期を境に退行していっても、生き方次第で心はいつまでも成長し続けるという考え方は、高齢社会を生きる指針としても、大きな意味をもっているといえるでしょう。

 

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「人生の節目」の意味と行事・儀礼

 

人の一生を、いくつかの段階に区切ってとらえるライフサイクルの考え方は、古今東西にみられます。

 

例えば、古代ギリシャの詩人ソロンは、70年の人生を7年周期で10期に分けて、身体の成長やそれに伴う現象をとらえています。

 

 

中国の孔子は、「論語」の一節で、人生の各年代を「30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知り、60にして耳順い、70にして心の欲するところに従えども矩を越えず」としています。

 

 

日本でも昔から「人生の節目」として、年齢に関する行事・儀礼が設けられています。

 

七五三、20歳の成人式、男性42歳・女性33歳の厄年のほか、還暦、古希、喜寿、米寿、白寿などの行事・儀礼は、由来はさまざまですが、慣習として私たちの生活に定着しています。

 

 

これらを、現代のライフサイクルの考え方と照らし合わせてみると、人生を問い直す機会として意味があります。

 

七五三は、ちょうど3歳から就学までの幼児期に当たり、母親から分離して、父親、きょうだい、仲間へと関係を広げる時期です。

 

 

また、厄年は、中年期の身体の衰えや社会、家庭における役割の変化が訪れ、いろいろな意味で危機に直面する時期として現代にも通用する合理的、現実的なとらえ方です。

 

すっかり形式化した「人生の節目」の行事ですが、これまでの人生を振り返り、ライフサイクルの新しい段階ヘステップを進める機会として、あらためてその意味を見直してみるのもよいでしょう。

 

 

 

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