老人性うつ病
老人性うつ病はいわゆる認知症の初期症状と混同されがちですが、早期に発見して治療を開始すれば回復も可能です。
老人性うつ病の特徴
老人性うつ病には若年期や壮年期と追って、さらに、いくつかの特徴があります。
まず一見、軽症のようにみえますが、発症すると症状は長引き、しかも一度治っても再発しやすいこと、老人性うつ病では若い世代の発症とは異なり、遺伝的、内因的な要素の影響は少ないことなどがあげられます。
かわりに老化に伴う脳機能の低下や、生活の変化など環境的な要因によるもの、身体的な疾患が原因で始まるものが多くなっています。
遺伝的な影響を受けにくいというデータとしては、50歳以後に発症したうつ病の人の家族の病歴との関連性は1割にも満たなかったのに対し、若い時期に発症した場合の家族の病歴との関連性は2割を超えているというものがあります。
さらに若年期に発症する遺伝性のうつ病のケースは15.7%、老年期では9.3%という報告もあります。
それだけ老人性うつ病は脳の機能低下を除けば環境的な要因の影響が強いということになります。
ある研究者は、うつ病患者100人のうち60人が、発病の前に大きな生活の変化を体験し、それがもとになった、いわゆる精神的ダメージが大きかったと指摘しています。
つまり、老人性うつ病は環境を整えることで、ある程度、予防もできるわけです。
若年性と老人性うつ病の比較
若年性 | 老人性 | |
---|---|---|
行動 | 活発でない | 多動 |
不安・焦燥 | 内向する | 訴えが多い |
心気症状 |
あまり訴えない (ある場合は仮面うつ病) | 訴えが多い |
妄想 | ある | ある |
食欲不振 | ある | ある |
不眠 | ある | ある |
便秘 | ある | ある |
その他 | 特になし | 発熱・脱水 |
感染症・循環器疾患 | 特になし | 多い |
薬の反応 | 一般に薬効は高い | 副作用が強い |
回復・再発 | 個人差がある | 一般的に回復が遅く、再発しやすい |
老人性うつ病の特徴は身体的症状の訴えが多い
老人性うつ病の特徴は、身体的な症状を訴えるケースが多いという点です。
主な訴えは、肩こり、頭痛、耳鳴り、吐き気、不眠、痩せるなどですが、このほかにも若年層の仮面うつ病と同じように、腹痛、頭痛、胸の痛み、関節痛など、からだのあちこちに痛みを感じています。
いずれも原因となる疾患はないのに、からだの不調を訴えることを心気症候群といいますが、これも老人性うつ病の大きな特徴の一つです。
老人性うつ病にかかった人は、よく記銘力の低下を訴えます。
いま聞いたこと、やったことをすぐ忘れてしまうというのが記銘力の低下といわれるものです。
これは認知症の初期によくみかける症状なので専門医でも誤診することがあります。
ほかにも認知症と老人性うつ病の区別は、なかなかつきにくいものですが、うつ病の場合は知能検査での記憶の障害は特に認められません。
うつ病の場合では病状が改良されれば、記憶の障害もとり除かれていきます。
うつ病の重症期には認知症ともみられるような知的障害がありますが、これも記憶の障害と同じように、うつ病の回復につれて改善されます。
いずれにしろ、認知症とうつ病とは違いますから、専門医に早めに相談し、うつ病が認められた場合は、早期の治療を受けるようにしましょう。
老人性うつ病は老化による認知症と混合されやすい
65歳以上の高齢者が全人口の23.1%以上(平成22年現在)を占める高齢社会になって、当然のことながら老人性うつ病も増えてきました。
高齢者のうつ病には若年層で発症するものと比べると、いくつかの特徴があります。
若年期、壮年期に発症する場合には患者の口数は少なくなり、行動はむしろ不活発にみえますが、高齢者の場合では逆によくしゃべり落ち着きのない印象を与えます。
若年期のうつ病では身体的な症状を強く訴える場合は、仮面うつ病と診断されますが、同じように老人性うつ病でも身体の不調を訴える傾向があります。
うつ病を発症していなくても老年期には、個人差はあるにしろ変化を嫌い、意欲を失い、適応力の低下、周囲への関心の喪失という行動的、心理的な面でのいろいろな変化が起きやすい時期です。
特に注意したいのは、老化に伴って性格が変わっていく点です。
一般的傾向をまとめてみますと、
- ①自己中心的になる
- ②疑い深くなる
- ③何にでも口や手を出したがる
- ④保守的になる
- ⑤自分の健康を必要以上に心配する
- ⑥愚痴が多くなる
- ⑦感動しなくなる
- ⑧気分や気持ちの切り換えがスムーズにできなくなる
- ⑨ストレスにうまく対応できなくなる
といったことがあげられます。
こうした性格的な変化が先にあげた老人性うつ病特有の症状と重なる面があるので、高齢者のうつ病の発見を遅らせる理由の一つとなります。
老人性うつ病を発症しているのに、老化による性格的変化や認知症のように考えられ、本人だけでなく、周りにいる家族もあきらめてしまうケースが多いわけです。
実際には若年期、壮年期に比べてストレスへの対応能力が低下しているため、老人性うつ病の発症の危険性は高いといえます。
医学・医療面でも高齢者のうつ病は、1960年代ごろまで老化による認知症の前ぶれと考えられ、治療は困難とされていました。
その後、高齢者人口が増加するにつれ、高齢者特有の各種疾患についての関心が高まり、大脳生理学的な研究の飛躍的な発展もあり、治療にも目が向けられるようになりました。
うつ病は薬による治療効果の高い病気です。
認知症との違いは薬による治療が可能であるという点です。
現に治療薬の目覚ましい進歩もあり、治癒率は高くなっていますが、医療の手がさしのべられないまま放置されている残念なケースが多いのも確かです。
老人性うつ病が「老人性認知症」と区別されるのは、それぞれの治療法が異なるからです。
診断の結果、うつ病と判明すれば、抗うつ剤を使った薬物治療が有効です。
高齢者の生活環境の変化はうつ病のきっかけに
高齢者が夫婦で元気に暮らしているうちは、若い世代との同居を見合わせるケースが多いようです。
しかし、どちらかに先立たれると、一人残された高齢者も、また独立した生活を営む子ども世代も、いざというときのことを心配して二世代同居、三世代同居を考えるようになります。
高齢者が以前から住んでいるところに若い世代が移って合流する場合、高齢者の前からの住まいが広い場合は、そのまま空いている住空間を若い世代が使うことになりますが、三世代同居住宅に建て直すケースが多いようです。
こうした場合、特に留意したいのは高齢者の使うスペース、共有スペースの工夫です。
段差をなくし、手すりをつけるなどの工夫が必要ですが、以前の住まいと大幅に雰囲気を変えないことも大切です。
若い世代の居住地に高齢者が移っていく場合には、何度も話し合い、さらに保育所に入ったばかりの子どもが受けるような「慣らし保育」と同じような慣らし期間を設けるくらいに慎重にします。
高齢者の生活環境の変化はうつ病の発症に大きな影響がありますから、できるだけ避けるか、慎重にしたいものです。
高齢者と暮らす上での注意
高齢期には体力の衰えとともに気力も落ちていくのは自然の摂理です。
高齢者を抱えた家族は、この事実をよく理解しましょう。
変化に気がついたら家族や周囲の人は「元気がないのは年のせい」「老化のせいだろう」と安易に見すごさないようにしましょう。
「自分は独りぼっちだ」「役に立っていない」などと自己を否定するような言葉を口にし始めたら、注意しましょう。
家族が同居している場合、高齢であっても、家族のなかで果たせる役割をみつけ、自分もその一員である自覚をもたせることが大切になってきます。
うつ病が発症した場合は、一番苦しいのは本人ですから、まずそのことを理解し、過度に激励しないようにしましょう。
激励されればされるほど、患者は応えられない自分を責めるので、かえって病状を悪化させることになりがちです。
喪失体験が老人性うつ病の発症のきっかけに
老人性うつ病の原因の一つ、脳の機能低下とは脳の血管に起きる血栓、脳の各部位の萎縮などを指しますが、これらには個人差が大きく、いわゆる老人性認知症との区別がつきにくいので、ここでは詳述を省いて予防にもつながる環境的な原因についてみていきましょう。
うつ病の発症の原因といわれる環境的因子とは人間関係をも含めた広い意味での環境を指します。
うつ病の発症に深い係わりがある環境要因のなかで、特に注目されるのは「喪失体験」とよばれるものです。
「愛する者を失う」「仕事や役割を失う」「地位を失う」「計画の失敗」「健康を害する」「大切にしていた物を失う」「生活習慣の変化」など喪失体験が、老人性うつ病の発症に大きな影響を与えているというのは、すでに定説とされています。
「愛する者の喪失」は配偶者との死別だけでなく、ときには「愛するペット」との死別も、これに相当しますし、死別だけでなく息子、娘たちの結婚や遠隔地への転勤、転居などの引っ越し(引越しうつ病)も、人によっては「喪失体験」ということになります。
慢性疾患なども発症のきっかけになる
老人性うつ病の発症の誘因には慢性疾患も見逃せません。
例えば糖尿病のように全身の代謝がうまく機能しなくなると、慢性的にからだが重い、だるい、気力がわかないなどの気分低下を引き起こします。
自分自身の不快感だけでなく周囲にも迷惑をかけているという自責の念を強め、持病による症状と自責の念の悪循環でうつ病を発症することがあります。
ほかにも動脈硬化、高血圧などの血行障害から脳梗塞や脳出血を起こし、それによる不快感からうつ病へと移行していくケースもみられます。
糖尿病、高血圧、動脈硬化のような慢性疾患には食事療法が必要です。
高齢者には三度三度の食事の支度は負担になりがちで、家族をはじめ周囲の人に頼らざるをえません。
他人に迷惑をかけているという気持ちや、自分が家庭で、あるいは地域のなかで役に立っていないという引け目などから、次第に気分が落ち込んで、うつ病を発症していきます。
60代を迎える前の準備|老人性うつ病
核家族化が進み、親を看護する子ども世代の負担は重く、65歳以上の高齢者が、80代、90代の世話をするという、超高齢化現象が負担感をさらに増大させています。
家族だけで介護、看護をやり抜こうとしないで各自治体などが行っているサービスを利用して専門家の協力を求めましょう。
60代を迎える以前でも、男性の場合、会社や仕事上の立場が変化したり、体力の低下などから人生の衰退期を迎えたことを知り、うつ状態に陥り、そのまま老人性うつ病になるケースもみられます。
不眠や胃の不快感、食欲不振などの不定愁訴はうつ病の兆候でもあるので、内科で原因不明と診断されたら、精神科で一度相談してみることをオススメします。
それまでは仕事一筋だった夫が悩む姿に妻が対応できずに家庭内不和になるケースもあります。
単なる年齢だけで「まだ老いる年ではないでしょ」などと激励せずに、まず耳を傾け話しを聞いてあげることが大切です。
うつ状態が長く続くようなら家庭生活が危機に陥る前に、家族が同行して精神科を受診することも大切です。
女性も、子供の独立や結婚をきっかけにうつ状態からうつ病になることもあります。
老年期とはいえない年代でも精神面の健康を維持していくための努力が必要です。
親と子どもの関係が昔のように「家」を中心とした形式をもたなくなった現代社会では家族一人ひとりが負える範囲の責任を分担した新しい親子関係の基盤をつくっておく必要があります。
加齢による老化は誰にも止められません。
困ったときには行政や福祉のサービスを遠慮しないで受けることも大切です。
認知症や寝たきりの人への福祉サービスは整備されつつありますが、心の健康のケアはまだまだこれからです。
高齢者を抱える家族もまた、家族だけで病人を抱え込まないように、必要な介護サービスやケアを行政などに求めていきましょう。
社会全体の健康を維持するためにも、必要なサービスを要求していくことは大事なことです。
誰もが迎える自分の老後に備える意味でも、心とからだを切り離さずに考えることが必要です。
老年期には、ときには被害妄想も
老年期には、若さや、体力などを失っていく衰退感や、やがて来る終焉への不安感から気分が低下しがちになります。
気持ちが沈み、物事を悲観的にしか考えられなくなり、悲しい状態から抜けられない心の状態が気分の低下です。
この状態が長く続くと、自分自身を否定的にとらえるようになり、卑下したり、自分が貧乏だと思い込んだり、それがもとで自分が周囲の人間に迷惑をかけているという意識にとらわれ、考え方が悪いほうへ悪いほうへと進みがちになり悪循環に陥ります。
一日中、そのことばかり気になって、思考も抑制されてしまいます。
思考の抑制だけではなく、声が小さくなったり、動作もゆっくりになるなど、行動面にも症状が現れはじめます。
自責の念は一転して自分だけが損をしているというような被害妄想になることもあります。
これがさらに進んで攻撃的になるケースもあります。
このように老人性うつ病は、若年期、壮年期に比べると、さまざまな様相を呈するのも特徴です。
本人も周囲も病気として認めにくく、これも専門医への受診が遅れる原因の一つとなります。
活発だった高齢者が何かをきっかけに、急に気力を失ったようにみえると、周囲の人は認知症や年齢のせいと決めつけるケースが多くみられます。
老人性うつ病の治療に効果のあるガーデニング(園芸)
ある病院では、老人性うつ病で入院している患者の治療にガーデニング(園芸)をとり入れています。
まず花壇づくりから始め、空き瓶や空き缶を使って、花壇の囲いをつくります。
もちろん、最初から作業にとりかかれる患者ばかりではありません。
始めはただ、ボーっと眺めているだけだった人も、観察する時間が徐々に長くなって、やがては観察日記をつけるようになるかも知れません。
雑草取り、種まきや水やりに参加した患者の多くに、
- ベッドで寝ている時間が短くなった。
- 行動する量が増え、一日の歩数も増えた。
- 人との会話に加われるようになり、コミュニケーションが楽しい。
といった声や、症状の好転がみられたそうです。
作業には参加できなくても外気に触れ、日光に当たり、何かに興味を持つだけでも、よい変化をもたらします。
ガーデニング(園芸)を使った老人性うつ病の治療は入院患者に限らず、自宅での療養にも応用できます。
老人性うつ病の治療は専門医との出会いが鍵
老人性うつ病の治療は専門医との出会いが鍵
若年層のうつ病にも自殺願望がみられますが、若年層に比べ老年期では死に対する決意が確固としている場合が多いです。
そのため、高い確率で自殺を遂行するという調査結果もあり注意が必要です。
うつ病で自殺行為に及ぶ人の場合の多くが身近にいる家族が、うつ病はもちろんのこと、うつ状態に対しても関心がなく、患者の抱える悩みの深さに気づいていなかったという調査報告も出されています。
逆に家族同士の人間関係や意思疎通がうまくできていれば、うつ病が原因の自殺はかなりくい止められるということになります。
ある高齢の女性は、同居している孫に説教したのを、やはり同居している息子に注意されてから、すっかり気分がめいって食欲をなくしてしまいました。
本人の訴えでは、食欲がないだけでなく何を食べても味が感じられなくなり、それでも何か口に入れなくてはとウイスキーを大量に飲んだところ、意識がもうろうとなってきました。
その最中、手首を切り自殺を図りました。
幸い発見が早く、命はとりとめたものの、その後も、相変わらず気分がすぐれない、不安や頭痛、倦怠感や食欲不振、食べ物の味がしない、朝起きられない、と寝たきりの状態が続きました。
この状態が何年か続きましたが、老人ホームに入所したのを機に、専門医の診察を受け、うつ病と診断されました。
投薬による治療が始まって3か月、朝も起きられるようになり、食欲も出てきて、本人も「自分が変わったのが、うれしい」と感想をもらすほどに回復し、自殺願望も消えていきました。
専門医との出会いが、一人の高齢者の心の健康をとり戻しただけでなく、一命をとりとめることにつながったよい例といえます。
このような例を聞くと、老人性うつ病の治療は専門医との出会いが重要な鍵といえるでしょう。
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