6年引きこもりの弟に姉として何かしてあげられることはないのでしょうか?

6年引きこもりの弟に姉として何かしてあげられることはないのでしょうか?

 

 

私には6年間、引きこもりの弟がいます。高校を不登校になり中退してから、ずっと引きこもりの状態です。

 

弟は毎日ため息をつき、うつろな目で「死にたい・・・」「がんばれない・・・」「自分は何もできない・・・」と言っています。

 

 

弟が不登校になったのも何となく分かるのですが、たぶん弟の性格からして、コミュニケーションが下手、思ったことが言えない、言っても無駄だと自分の殻に篭る。

 

「0」か「100」かのどこか完璧主義者の気質があります。

 

 

私は働いて実家を出ていますが、弟は家族以外との関わりを持たず、親もそんな弟に6年以上怒鳴ったり、時には暴力もあったり、と何とか弟を更生させようとしましたが、

 

弟は「何をしても無駄だし」「すぐに出来ない」「続かない」と言うことを聞かず、親も諦めて放置気味です。

 

私は何とかしてあげたいのですが、姉として弟に何かしてあげられることはないのでしょうか?

 


 

禅の言葉に、「本来の面目」という言葉がございます。これは人が、元々生まれ持った本来の姿という意味です。

 

分かりやすい現代の言葉に置き換えるならば、この本来の面目というものは、「感性」だと定義できます。

 

人間は皆、それぞれ生まれ持った感性というものがあります。それぞれの人にそれぞれの感性があります。

 

感性とは漠然とした言葉なのですが、では「感性って何?」といったときに、私たちの身体には沢山の穴が開いてますよね?

 

例えば目、耳、鼻、口、その他皮膚にも沢山の穴が開いていて、そこから汗が出てきたり身体の熱を発散させたりだとかをします。

 

 

それらこの穴は、外の世界と自分の身体の内側というものを通じている感覚器官です。目で物を見る、耳で音を聞く、鼻で匂いを嗅ぐ、そして口で食べ物を味わう、皮膚で物に触れたときの感触などなど。

 

そういった色々な情報が自分の中に入ってきます。

 

 

外の世界に触れたときに、「冷たい、熱い」などは皆一緒ですが、そこから先、自分が目で見た物 耳で聞いた音 嗅いだ匂い 味わった物 触れて感じたことなどを、どのように感じるのか。

 

それが好き 嫌い、嫌悪を感じる すごく楽しくなるなど

 

私たちが外の世界に触れたときに、私たちの中に入ってくる情報どう受け取っているのか。これが感性です。

 

 

この感性は、親からの遺伝という内的な要因もありますし、自分が生まれ育ってきた環境、友達の影響、テレビの影響、親の言動の影響など、色々あります。

 

要するに、先天的な要素と後天的な要素、それらの組み合わせによって当然影響は受けますけれども、皆、同じ親から生まれてきた子どもでも、兄弟がいれば、お姉ちゃんの感性と弟の感性は違う訳です。

 

お姉ちゃんはこういうことが好き、でも弟はこういうことは好きじゃなく別のことが好きなどと、人の感性というのは皆それぞれなんです。

 

 

ですが、どちらの感性が優れていて どちらの感性が劣っているとか、どちらの感性が良くて どちらの感性が悪い、ということでもありません。

 

とにかく皆同じように育てられた子どもであっても違った感性を持っているということです。

 

そのことが「本来の面目」だと思ってください。

 

 

この禅では、この「本来の面目」=感性を誰にも遠慮することなく、そこに境界線を設けることなく最大限に発揮をして生きるということ、自分の内に秘めている己の感性=「本来の面目」を開放していくということ。

 

これが禅が目指している一つの境地だと捉えて下さい。

 

 

 

さて、前置きが長くなりましたが、真由美さんの問題は「6年間引きこっている弟がいる」 このことではないのです。

 

なぜそれが問題ではないのかと言いますと、引きこもりたいと思って引きこもっている人はいないからです。「他にやることがない」「何をしていいのか分からない」「外の世界に出て行くことが怖い」「自信がない」色々あります。

 

ですから、それよりは「引きこもっていた方が楽に生きれる」と、そう本人が信じている。けれども心のどこかで引きこもっているということが、自分の中で快適ではないということが本人が一番良く分かっています。

 

 

だったら外へ出て行って、皆と同じように色々と社会と関わればいいじゃないか? と思うかも知れませんが、それが出来ないから引きこもっているのです。

 

引きこもっていることが快適で生きがいを感じているのであれば、家の手伝いをして、掃除をするなど家でなすべきことをすればよいのですね?

 

学校へ行かなくたって、自分のやりたいことを極めて家で一生懸命やっている。これは引きこもりとは呼ばないわけです。

 

けれども、自分は本当は引きこもっていたくないけれども、そうせざるを得ないということが弟さんの中にあるわけです。

 

 

だけれども、何ともならないから「死にたい」「がんばれない・・・自分は何もできない」と嘆いているのですわけです。愚痴っているわけです。

 

 

問題は何かと言いますと「弟に何ができるか」と真由美さんが抱いている、ご自分の課題に対しての真由美さんの姿勢なのです。

 

真由美さんには、弟を何とかしようとするのではなくて、まず真由美さん自身が「本来の面目」=感性を十分に発揮して生きてほしいのです。

 

弟さんは幸せです。このように心配してくれるお姉さんがいたら私も幸せだと思います。

 

本来であれば、お姉さんは恋愛を楽しんだり、買い物を楽しんだりしたいし、友達とも遊びにいったりして、こんな引きこもりの弟のことなんて忘れて生きたいと思います。

 

だけど、何とかこの弟を・・・何とかしてあげたいと思っていらっしゃる。だからこそ、引きこもりの弟を何とかする前に、まず真由美さん自信が「本来の面目」=感性を十分に発揮していただきたいのです。

 

 

例えば、一流のスポーツ選手は自分の感性を発揮することにより、周りの観客、視聴者を感動させ、涙を流させ、周りの人々の感性にも多くの影響を及ぼします。

 

 

こんな例があります。

 


 

少年の時期に犯罪を犯してしまった。

 

それもかなり重大な犯罪を犯してしまった。そのことによって刑務所に入っている少年。

 

その少年の親ではなくて、里親になられた方の話です。

 

 

自分の子どもではないけれども、さまざまな犯罪を犯してしまった人の里親になって、その子の精神的な面倒を見る、その子に寄り添うということをなさっている方がいます。

 

その方は、犯罪を犯してしまったその子に、やはり反省をし更生してほしいということを思って、何をなさったかといいますと

 

刑務所の中にいるその少年に世の中の移り変わりを知ってほしいということで、毎日のように手紙を書かれました。

 

そして、その少年が刑務所の外にいる世界というものが移り変わっているということ、そして刑務所の中にいても外の世界を知ってほしいということで、その少年に毎日のように手紙を送りました。

 

春になり花が咲いたら写真に収め、秋になって田んぼに稲が育ってきたら、それも写真に収める。そして稲刈りが終わって、田んぼの稲が刈られたら、その風景も写真に収める。

 

 

毎日の生活の中で、社会が変化していて、環境も変化している。そういう移り変わっていく命を生きている。

 

そのような姿を写真に収め手紙にしたため、それを犯罪を犯した少年に送り続けたそうです。

 

 

その少年も次第に里親から送られてくるものを楽しみにするようになり、そしてその少年は次第に自分の犯した罪の重さを悔いるようになり、反省するようになり、被害者のこと自分のことを真剣に考えるようになりました。

 

そのような例があります。

 


 

6年引きこもりの弟に姉として何かしてあげられることはないのでしょうか?

 

さて、真由美さんが持てる己の感性とはどのようなものでしょうか?

 

それは文を書くことなのでしょうか?それとも写真を撮ることなのでしょうか?

 

何でもいいんです。真由美さんが自分の気持ち、自分の考えていることを外に表現していくという。現在、どのような表現方法をもって、どのような感性を発揮して生きてらっしゃいますか?

 

 

真由美さんには自分の弟をなんとかしてあげたいという、救いたいという慈しみの心があります。慈悲の心があります。

 

だからこそ、真由美さんには「本来の面目」=感性を精一杯発揮してください。真由美さんが「私はこういうことをやっているときが一番楽しい」というものを見つけてください。

 

そして、そのエネルギーを外にどう表現していくかということを徹底して研ぎ澄ましてみてください。

 

それが出来たとき、周りの人は真由美さんの影響を受けてくるでしょう。真由美さんのご両親が影響を受けてくるでしょう。そしたら弟さんが影響を受けてくるかもしれない。

 

時間がかかるかもしれません。結果として真由美さんの感性が届くかは分かりません。

 

ですが、自分が自分のエネルギーを精一杯発揮しているという姿を見て、今度は周りの人が影響を受けてくる、人間とはそのような不思議な生き物です。

 

真由美さんが文章を書ければ書いてあげてください。写真を撮ることができるなら毎日外の景色をとって送ってあげるのもいいと思います。たまに帰って、覚えた料理を食べさせてもよいでしょう。

 

どういう方向でもいいのです。でも真由美さんの持っている「本来の面目」というものをまずは発揮する、そして、それを発揮したことによって結果として弟さんを外の世界に興味を持たせるかもしれません。

 

いつになるか分かりません。

 

ですが、弟さんを何とかしようと説得したり、説教したりするよりも効果的で力があると思います。

 

どんな心理セラピストや医師の方がアドバイスをするよりも、きっと真由美さんの弟に対する慈悲の思いが「本来の面目」が発揮された時に、きっと弟さんにも真由美さんの感性というものが響き伝わっていくのではないでしょうか。

 

そのように確信をしています。

 

応援しています!頑張ってください。

 

 


 

 

 

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